見極めたい、“後悔”しないためのこだわり脚痩せ
三十九歳の一年間、私は心の中でこの言葉を呪文のように唱えながら暮らしていた。
三十代も後半になると、あからさまに年齢を聞かれるということはもうほとんどない。
人と話をしているとき、自分から「私も四十になりますから……」などと言って、相手を戸惑わせたりした。
小学生の娘がドリルの計算問題をやり終えて私のもとへ持ってくるとき、わざと「ぜんぜん合ってないよ、ぜんぶ間違っているからね」などと言う、なんだかその感じにも似て、嫌なことは早くから覚悟を決めておこうというような気持ちだったのか私は怖かった。
四十歳になることが。
若さを思い切らなければならないことが。
女としての残された時間を数えなくてはならないことが口に出して「私、四十歳」と言ってみる。
耳から入ってくる言葉は、再び体の中に染み渡り血となり肉となる。
「私、四十歳」と音として改めて聞くことで、さらにその年齢を受け入れる覚悟ができるのではないだろうかとも思っていた。
それにしても同じ三十代なのに、三十八歳と三十九歳とは、何と気持ちが違うのだろう。
三十八歳のときはまだ三十代の気分だった。
もうそろそろ四十近いと何とはなしに思っていても、まだまだ気持ちは三十代に属していた。
三十九歳になった途端に、自分の所属は四十代という気持ちになった。
あと十年で五十である。
もう、人生の折り返し地点を過ぎているのか…。
そう思うとくらくらと舷量がしそうだった。
私はしっかりと自覚的に四十代を迎えたかった。
ただなんとなく誕生日を数えるのは嫌だった。
三十代のときのように、なし崩し的に年を重ねていくと、ハツと気づいたときには取り返しのつかない大変なことになっているのではないかそんなうっすらとした予感があった。
私は母が三十歳のときの子供である。
だから私が四十歳になると母は七十歳になる。
私たちは、互いが四十と七十になった年にどこかへ記念の旅行をしようね、と話し合っていた。
どこか物悲しい旅行計画だった。
私にとってはとにかく母が元気なうちに、足腰が健康なうちに少し長い旅行をしてしまおう、という気持ちがあった。
最後の旅行になるかも知れない。
また自分自身に対しては、若さというものへの未練をスッパリと断ち切り、背筋を伸ばして「完全な大人の世代」に一歩踏み出すきっかけにしたいと思っていた。
私たちは電話で、どこに行こうかととりとめもなく話し合い、その最後には決まってこんな会話になるのだった。
「まったく私が四十になるなんて、想像もつかなかったわ」すると電話の向こうで深いため息が聞こえた。
「そうよねえ。
だけど私は七十それこそ今もまだ想像がつかないという感じ、変な言い方だけど」「まあ、四十はまだ許せる範囲かしらね」「そうよ、でも七十なんて齢は自分でもなかなか受け入れられるものではないわ。
それにしても自分の娘が四十歳だというのも、我ながらそんなときが来るとは思わなかったわね」いつまでも元気ではらと、好きなことをして忙しく日々を過ごしているように思っていた母が、七十歳を直前にして外見も精神的にも老けたなぁと感じることが多くなってきた。
四十歳になるということは自分のことだけでなく、周囲の人々の老いにも直面する季節を迎えることなのだと、私は改めて寂しい気持ちになった。
一月の誕生日が近づくと、私は時々「よんじゅう」と言わず、わざと「しじゅう」と言ってみたりした。
しじゅうという語感は鼠色のイメージがある。
こめかみに膏薬張って、しみの浮き出た手に毛羽立った鼠色のカーディガンを着た覇気のないおばさん。
そういう言葉をあえて口にすることで、私はさらに、もう若くないのだ、と自分に言い聞かせようとしていた。
四十代は人生の真の分かれ目なのだという思いが日々強くなる。
違った方向へ行ってしまったら、二度と戻ってこられなくなるような気がするのである。
四十歳の誕生日の前後に、実際に、「あの人が…?」と悟然とするほど変わってしまった若い時の知人に、なぜか立て続けに出会うことがあった。
思いのほか老け込み、あきらめたような笑いが顔に寂しく漂う人、華やかにテーラードスーツを着こなしていたはずの人が、同じテーラードを着ているのに妙に男性的な、まるで体操着のような印象になってしまっている人。
はつらつとしたオーラがすっかり消えてしまっている人もいれば、エレガントなおしゃれが上手だったのに、なんだか薄汚れて崩れた印象になってしまった人もいた。
人は年を取るとよい意味でも悪い意味でも本質に近くなってくるのかもしれない。
それぞれ身辺にいろいろなことが起こり、変化にはそれなりに理由があるのだろうが、もう若い頃のようにごまかしが利かなくなっているということも大きいだろう。
メイクや服で隠しても、その下からじわりと本質がにじみ出てくる。
怖いことだと、私は思った。
そんなとき、こんなできごとがあった。
私はあるメーカーの広告用の写真を撮影する仕事で、スタッフとともに海辺のスタジオに夏なのにクーラーがよく利かず、スタジオ内は蒸し暑い。
そう広くない空間にカメラマン、メイクアップアーチスト気私を始めとするディレクションやデザインのチーム、広告主といった何人もの人々がひしめいていた。
そんな中で、十九歳のカナダ人のモデルは少しおびえているように見えた。
少しも笑わない、肩に力が入っている。
大丈夫かしら…と私は鏡の前の彼女を見て思っこの撮影のために何人ものモデルをオーディションした。
最終的にこれ、と全員一致で賛成できるモデルはおらず、妥協した中で仕方なく決めたのが彼女だった。
若く、経験もあまりない。
あとはメイクアップアーチストの腕に頼るしかない。
幸い彼はトップクラスの腕を持っている。
祈るような気持ちで私はメイクアップルームから離れた。
撮影が始まった。
彼女の顔は明らかに硬直していた。
メイクアップは実際の年齢よりもやや大人っぽく作り込んであるが、その化粧と顔とが合っていない。
いや、顔には合っている。
気持ちに合っていていたとスタッフの一人が言う。
「う−ん、僕たちを信用してくれていないっていう感じがするのだよ」「大丈夫よ、二、三カット撮るうちにきっと気持ちもほぐれて来るから」そう言って私は写真家を励ました。
モデルは一向にリラックスする気配がなかった。
眉に八の字が寄っている。
着ている大人っぽい黒のニットや、毛皮付きのジャケットが自分に似合わないと思い込んでしまっているのだろうか。
帽子をかぶせてみようかな、とスタイリストの女性が言った。
そうだね、やれることはないないのだ。
美しく細部まで手を抜かずに施された、洗練を感じさせるメイクアップと、彼女自身の気持ちとがバラバラだった。
最初のポラロイドを見ながら、写真家がウームと吃った。
「何だろう、この堅さ。
やっぱり緊張しているのかなぁ」「経験がなくてまだ若いから、この大人っぽい服やメイクに戸惑っているのかもしれない暑いから元気がないのかな、きのう寝不足とか?いや、彼女の今までの仕事のレベルと違うから、ちょっと戸惑ってしまったのだよ、メイクだって一流のスタッフとやってきたわけじゃないでしょう?なんでだめなのだろうなぁ……。
メイクを直している短い問、スタッフは口々に言った。
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